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Double Road RaceとBob Anderson

ダブルロードレースは、Bob Andersonにより2010年の夏に作られました。最初は「The Bob Anderson 15K チャレンジ」と呼ばれるイベントとして、2010年10月から2012年10月までの間に7回開催。彼はこの新しいスポーツを検証・発展させるために、自らすべてのイベントに参加しました。

「ダブルロードレース」と名打っての最初の開催は2012年12 月23日。約1400名の人々がカリフォルニア州・プレザントンで開かれたイベントに参加しました。選手権種目はThe Double 15K Challengeであり、まず10kmを走破、その後リカバリータイムを過ごした後5kmを走りました。その他21Km(15km+6km)、12km(8km+4km)、8km(5km+3km)、5km(3km+2km)、the Kids Double1.5mile(1mile+1/2mile)があります。2013年には10回、2014年には14回の大会が開催されました。

「ダブルロードレースは、すべてのレベルのランナーが参加可能であり、次世代の挑戦である。」と創設者であるBob Andersonは説明しています。
「多くの人からどのようにダブルロードレースを思いついたのかと尋ねられることがあります。それは私が息子のマイケルと2010年の夏にトレーニングをしている時にさかのぼります。私たちが走っている時に、ハーフマラソンの急速な人気の上昇に関して考察しました。その結果、おそらく一部には、走り終わったあとの回復に必要な時間がマラソンに比べより少ないからではないか?ということたどり着きました。私はハーフマラソンを愛しており、さらに2013年に息子のマイケルとボストンマラソンを走りましたが、そんな状況の中でも、ランニングには何か新しいことが必要であるという問題意識も感じていたのです。」

Bobの想い

「私がRunner’s World を売却した時、ランニング関係の仕事に5年館は関わらないことに契約しました。そして私はUjena(ユジーナ)というスイミングウェアの会社を立ち上げ、CEOとして、フォトグラファーとして仕事をしました。当時創業時のどの会社のCEOもそうであるように、週60〜80時間は働きました。定期的にランニングはしていましたがレースに出場する機会は全くありませんでした。

そして時が経ち、Ujenaが安定した会社となったことで、ごく自然に走ることの可能性や、アイデアに想いを馳せるようになりました。2010年のマイケルとの会話に戻りますが、我々の会話は最終的に、私がかつて挑戦したことがなく、挑戦したいと考えていたトライアスロンをやるということにたどり着きました。それほど多くの人は知らないのですが、実は私は泳ぐのが得意ではありません。そこで私はマイケルへ、ランニングにはトライアスロンのような仕組みを持った、何か特別で新しいことが必要であると考えているとも話しました。世界レベルのランナーと走力を問わず家族全員がともに参加できたり、参加者が自分自身に挑戦できたりする、楽しい何かを!」

ダブルの発想

「そして、あるひとつの考えが突然思いつきました。2回のレースを休みを挟み同日行おう。2回のタイムの合算で順位を決めよう。記録を保持しよう。ガイドラインを決めよう。新しいスポーツを始めよう!」

Double Road Race Federationの役員の一人であるJustin Wallは次のように語っています。
「2年間のテストと確認の後、Bobは公式にDouble Road Raceを開催する準備が整いました。Bobはメキシコでテストとして実施した小規模の大会7回にすべて出場しました。彼は多くを学び、いくつかの変更をし、イベント主催チームを立ち上げ、我々の公式初回大会Double Road Race in Pleasanton Californiaへの計画をスタートさせました。」

Bobの娘であり、Ujina Swimwaerの社長であるLisa Anderson-Wallは、こう言います「2012年12月23日のプレザントンの天候はあいにくの気象条件でしたが、私の父とそのチームは熱狂的なイベントをやりとげました。私の子供たちはBob Anderson Kids Cuo Mileに出場しました。リカバリーゾーンは活気にあふれており、私は次回大会が待ち遠しいです。」

参加者の一人であるBill Dunnのコメント 「ダブルロードレースは他にない経験です。私はプレザントン大会を走り、このレースのファンになりました。次の大会がとにかく待ち遠しいです」。

「ダブルランナー」編集責任者:David Prokop
「Bobは雑誌Runnner’s Worldを1966年当時高校生の時に創刊しました。彼は常にランニングに情熱を持っており、愛している人間です。彼はその雑誌を18 年間発行し続け、1984年にRoadalePressに売るまでに43万5000部発行の雑誌に育てました」。

長男:Michael Anderson
「私の父は発明者でかつアイデアマンであり続けています。子供の頃、彼が創設した数々の大会(24時間リレーやCorporate Cup Relaysなど)に参加したことを覚えています。父が1984年に雑誌Runner’s Worldを売った際に、新しいオーナーはそれらのイベントを行うことに興味を持たなかったためにイベントは終了してしまいました。 私は今年ボストンマラソンに父とともに走ることに興奮していますが、私たちが作り上げるダブルロードレースに対しては、より興奮しています。私はこの新しいスポーツの興奮を映像にとらえ残してゆこうと思っています」

Bob Anderson 1947年12月28日生まれ。
アメリカ人ランナー、カメラマン、著者、映画編集者

1966年 当時高校生ランナー(持ちタイム1マイル4’41)だったBobは、その熱い情熱の下、マラソンへのトレーニングの仕方を知りたいと思い、トレーニング情報や大会に関して情報の収集をした。その際、当時限られた情報しか手に入らないことに気づき、若干17歳にてランニング雑誌(Distance Running News)の創刊した。雑誌は1970年にRunners World と改名される。

くしくも、1970年代のフランクショーター(1972年ミュンヘンオリンピック男子マラソン優勝)らに代表されるアメリカ長距離界のスターの登場と相重なり、雑誌Runners World はアメリカランニングブームの火付け役の一員となる。雑誌Runners World は1977年に25万部の発行部数を記録。1970年ランナーと自負する人は200万人であったのに対し、1980年には3000万人に達したといわれている。
アメリカの福祉、健康に功績したことがドナルド、レーガン大統領に評価され、Bobはホワイトハウスへ招待された(写真)。